大判例

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大阪地方裁判所 昭和47年(ヨ)764号 決定

申請人

八浜昇

外九名

右一〇名代理人

阿部幸作

村田哲夫

被申請人

新興建物株式会社

右代表者

新開治雄

右代理人

大井享

山川高史

被申請人

真柄建設株式会社

右代表者

真柄要助

右代理人

阿部甚吉

滝井繁男

木ノ宮圭造

阿部泰章

仲田隆明

右当事者間の建築禁止等仮処分申請事件につき、当裁判所申請人八浜昇、同松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二の申請につき、後記主文第一項の限度で理由がありその余は理由がないと認め本決定告知の日から七日の期間内に右申請人四名が共同して、被申請人各自にそれぞれ金五〇万円の保証を立てることを条件として、一部認容することとし、その余の申請人らの申請は理由がないと認め、次のとおり決定する。

主文

申請人八浜昇、同松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二との関係で、被申請人らは、別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の同目録(二)記載の建物のうち、四階を越える部分の建築工事をしてはならない。執行官は、前項の命令の趣旨を公示するために適当な方法をとらなければならない。

申請人八浜昇、同松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二のその余の申請を却下する。

申請人堀内誠次、同小倉忠秀、同乗鞍圭一、同下道一實、同中島次男、同武田乙一の各申請を却下する。

(今中道信 平井重信 村田達生)

物件目録

(一) 大阪府豊中市南桜塚三丁目五六番地

宅地 641.32平方メートル

(二) 鉄筋コンクリート造七階建共同住宅

高さ 地上 19.995メートル

建築面積 422.708平方メートル

延べ面積 2769.935平方メートル

ただし建築中

仮処分命令申請

昭和四七年三月二八日

申請人ら代理人弁護士 阿部幸作

同 村田哲夫

大阪地方裁判所御中

当事者目録〈略〉

請求の趣旨

一、被申請人らの別紙物件目録記載土地に対する占有を解いて大阪地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

一、被申請人らは別紙物件目録記載土地上に一切の建築工事を続行してはならない。

一、執行官は各条項に於て右命令の趣旨を公示するために適当な方法をとらなねばならない。

旨の仮処分命令を求める。

物件目録

一、大阪府豊中市南桜塚三丁目五六番地

宅地 641.32平方メートル

申請の理由

一、被申請人新興建物株式会社は、不動産業を営む会社、被申請人真柄建設株式会社は右新興建物株式会社より注文を受けてメゾン桜塚(以下本件予定建物という)の建築を請負つた建設会社申請外中川匠は中川匠建築設計事務所の名称で建築の設計監理を業とする者である。

二、被申請人新興建物株式会社は豊中市南桜塚三丁目五六番地宅地643.80平方メートル地上に七階建分譲共同住宅(所謂分譲マンション)を建築すべく計画し、中川匠に設計を依頼し、昭和四六年十二月七日右新興建物株式会社名下で豊中市の建築主事宛建築確認申請を為し、同年十二月二七日右確認は第一八一八号をもつて許可が右豊中市建築主事より為された。

三、右メゾン桜塚(新興建物株式会社は新聞広告ではメゾン曾根と呼称しているがその建物の位置構造規模からして同一建物と認められる)が建設される予定地を中心として周囲の建物の一般的状況及び地域の建築基準法上の分類その他の特徴は次のとおりである。即ちメゾン桜塚への交通は阪急曾根駅から東へバスで二駅位の地点にあり服部緑地に通じる道路の中間に位し、右建設予定地を中心として約五〇メートルの範囲内には特に目立つた商家なく、又工場もない所謂低層の瓦葺住家が連棟する閑静な地区であり、目立つた鉄筋コンクリート建建物としては、一番高い建物は日立造船株式会社の寮及び新三菱重工株式会社の社宅があるのみで右建物は何れも大企業の社宅として周囲には充分敷地をとつており、周囲の民家とは何ら支障のないものである。

その他はすべて申請人らの住家に見られるような瓦葺木造平家(乃至二階建が少々)建の低層住宅があるのみである。

建築基準法本件建物予定地附近は住居専用地域で且つ防火地域は未指定であり、又同法二二条の特定行政庁が防火地域又は準防火地域以外の市街地について指定する地域である。

四、一方申請人らの本件予定建物の近隣に於ける居住の状況は、

(一) 申請人堀内誠次は、本件予定建物敷地の北西側に位置し、本件予定建物敷地より申請人武田及び同八浜の敷地を一つ越しに隣になつて、右堀内は自己所有の平家建木造家屋に昭和二八年頃より平穏に居住して来たものであり、堀内居住建物の南側即ち本件予定建物が見える方には応接室、座敷、子供部屋等があり、従つて採光に都合よく広く窓が設けられている。

(二) 申請人八浜昇の居住家屋も同様自己所有の木造家屋であり、その位置は本件予定建物敷地の北隅と右申請人宅敷地南隅角が一点で接する位置にあり、東南側にえん側があり、日常の居住する部屋がとられている。尚右申請人も昭和二八年頃より居住しているものである。

(三) 申請人小倉忠秀は戦前から居住し、その居住建物は、自己所有であり、木造平家建であつて、又右申請人は長期療養生活を終わつたばかりで家族は三人で内一人は新生児である。

尚、右申請人は、申請人松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二に賃貸している住宅を所有し、その賃料及び自己のわずかな給料で生活しているものである。本件予定建物とはほぼ西側に隣り合わせであり、本件予定建物が建築されるならばその外壁と右申請人敷地境界とは四〇センチメートルの間隔になるものである。

(四) 申請人松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二は、申請人小倉の平家建木造家屋に居住し、申請人松永の居住部分が一番本件予定建物に近く申請人小倉と同様の距離しかへだたつていないものであつて、次いで右松永の隣に申請人圓山の居住部分があり、更に申請人平戸へ居住部分がある。尚申請人松永宅は十年位居住し、現在家族には乳児が居り、又申請人平戸も右同様年数位居住し、幼児が家族にいる。更に申請人圓山はやはり十年位居住し家族は母と子で右母は老人のうえ病人である。

(五) 申請人乗鞍圭一は申請人小倉の東側の自己所有木造家屋に居住している。

(六) 申請人下道一実及び申請人中島次男の居住している家屋は本件予定建物の西側八M道路を隔てた向い側の木造家屋であり、仮に本件予定建物が建築されれば日照については他の申請人らとは異なり深刻なことはないが見下される位置にあることは変りないのである。

(七) 申請人武田乙一は本件予定建物敷地の北側に宅地を所有している者であり、居住家屋を他の申請人らと同様に有しているが賃借している訳ではない。然し右申請人も近い将来そこに持家を建て居住したい希望を持つており、又仮に本件予定建物が建つことによつて右申請人が右自己の持家を建築することを断念せざるを得なくなつて来て現在処分を考えざるを得ない状況である。

右のように仮に処分するとなれば地価は低落することは確実で現在価格の七〇%位になると右申請人は調査しているのである。

尚右申請人所有敷地と本件予定建物の外壁とは四〇センチメートルしかないことは申請人小倉と同様である。

五、そこで本件予定建物の概略を考えてみると前記のように共同住宅としてその予定戸数は四一戸、高さは19.995メートル、地上七階建であり、建築面積は422.708平方メートル、延面積2769.935平方メートルの鉄筋コンクリート造建物であり、敷地面積に対する建築面積に対する割合は六五%強となつている。

従つて本件予定建物が建築されると前記の本件予定建物の周囲環境からみて一九メートル以上も高さを有するから異常に高く屹立した形になることが予想され、あたかも砂漢の中の塔のような景観を呈することになると考えられるのである。

六、申請人らは昭和四七年一月二七日突然被申請人新興建物株式会社より本件予定建物の説明をしたい旨の案内状を受け、昭和四七年一月二九日被申請人両者の出席のもとに豊中市市民会館に申請人堀内、同八浜、同小倉、同武田、同松永、同乗鞍、同平戸が集まり被申請人新興建物株式会社が工事概要を説明した後申請人らの要請で建物図面が申請人らに交付され被申請人らと申請人らとの間で住民側(申請人ら)と充分話し合い工事期間中の補償、境界線と本件予定建物との間隔(四〇センチメートルしかないことは前述した)予定の建物の高さなど双方了解合意が成立するまでは被申請人らは建築に着手しない旨の合意が成立し、その旨の議題を議事録とすることを確認した。引続き二月七日申請人らは豊中市に陳情を行ない市の建築担当部局員に申請人らと被申請人らとの話し合いの斡旋を依頼した。そこで二月一四日申請人らと被申請人ら及び市の建築指導課長が立合い豊中市役所市会事務局会議室で話し合い、申請人らは被申請人等に対し昭和四七年九月一日以降には改正されたる建築基準法により豊中市に於ては地域指定が為され、本件予定建物は本件予定建物敷地周辺では建てられない旨説明し、被申請人らもその旨承知している旨の発言があり市の前記担当課長も同趣旨の発言があつたのである。然るに二月十六日被申請人等は前記約旨を食言し、申請人らに対し設計変更はできないとの趣旨を含む回答があり、更に昭和四七年二月二十日の会合では金銭補償に応じないなら強行着工する旨の回答があり、設計変更は応じられない旨の説明しかなく、申請人らはその後も数回話合いを持つようしたのであるが、三月に至り被申請人らは杭打工事をはじめたので何ら具体的な工事期間中の補償の方法、設計についての階数を減らすことや隣地との間隔を広くする等の申請人らとの前記の如き約旨が聞き入れられないまま着工に及んだので被申請人等は明らかに当初の合意即ち全面解決までは着工しないとの契約に違反するに至つたのである。

尚この間申請人らは昭和四七年三月三日到達の内容証明郵便で工事の中止方を申入れたが、右申入れは無視のままになつているのである。

七、(一) 申請人らは長期間にわたつて各自自己の所有乃至賃借している家屋に平穏に居住して来た。従つて前記のように本件予定建物が建築されてもそれは被申請人新興建物株式会社の所有権の行使の結果として受忍されるべき性質のものであろうか。成程所有権の内容は地下は地殻より地上は天空まで至るとしても既に地下水の汲上はそれが直接周囲の地盤に影響を及ぼす限りに於て隣地への侵害として考えられ、又公法的規制も立法されている。然し乍ら日照、通風、採光については尚公法的規則がないとは云えやはり所有権への侵害として考えられねばならない。被申請人新興建物株式会社の本件予定建物が仮に社会的効用があるとしても、他人の所有権に対する完全な侵害を基礎にしては成り立ち得ない。然も通風、採光、日照等は本件予定建物が建築された場合は恆久的なものであり、建築期間中の杭打工事等の振動、工事用資材等の落下等の一過性のものでなく金銭的な補償になじまない性質のものである。

(二) 然も本件予定建物建築地は現在住居専用地区であり尚昭和四七年秋(九月)よりは第一種住居専用地域として環境良好な一戸建を主とした低層住宅地として建べい率が四〇乃至六〇%(現在でも住宅地域の六〇%の原則を本件予定建物ははずれている)におさえられることを被申請人は知悉し乍ら敢て今秋迄の竣工を目指しているのであり、右の意味に於て本件予定建物を建築することは周囲に対する景観の破壊を持つことを熟知していることによつて侵害の故意性を帯有しているものであり、同時に法施行手続について豊中市が遅延していることに乗じたる所謂法をくぐる行為である。

(三) 右のような日照、採光、通風の妨害を各申請人について見ると一番日光が要求される冬期(その最中期が冬至)では、申請人堀内の家では南の主要居室の窓側は午前中日光がまつたく入らず、又申請人八浜では十二時より以降は日光が入らないのである。申請人小倉、同乗鞍では同様午後は全く日光が入らないのである。更に申請人松永、同圓山、同平戸に至つては冬期は一日中日光が入らないことになり、老人、乳幼児はどのようにして採光して良いか分らないのである。

(四) 更に通風に至つては当然その悪化は自明のことであるがこのような低層の建物の中で異常に高い本件予定建物が建つことは台風時に異常な風の吹きだまりや逆風現象を起こすことは流体工学上著明な事実であつて、瓦、塀、その他建物の各部に予想外の被害を起こすことが歴然である。

八、(一) 工事期間は被申請人らの説明によると秋頃竣工ということであり、その期間は半年位であり、その間申請人は杭打による振動、ミキサー車、ダンプカー等の騒音により安眠、休息の生活権が害されることは必然であるが、この点は一過性のものとして、ある程度金銭補償になじむが、右のようないわば健康な生活を営む人格権は、日光、通風によるものが本件予定建物が建築されれば恆久的なものと変化するから右の人格権に対する侵害は予測しえないものである。申請人らは本件予定建物によつて大多数日影になる位置のものばかりである。日光の入らない家には医者が入るの諺どおりの事実が生じる虞れなしとはいえない。

(二) 更に周囲の木造家屋に比べ異常に高い本件予定建物が立つことによつて真下の申請人八浜、同松永、同小倉らが蒙むる被圧迫感は自己の家にあつても決してぬぐい去ることはできないであろうし、又、本件予定建物の四囲の壁にはマンション住宅の窓があるから、もし建築されるとすれば申請人らの家屋内が見下されることになり、これに対する蔽い窓なども考慮されていないから自家の生活を盗み見されることになり、このことも又人格権に対する侵害となりうべきものである。

九、次に前述のように本件予定建物の外壁と隣地境界までは四〇センチメートルしかないのであるが、これは明らかに民法の相隣関係法に違反する。この一点の事実だけでも本件予定建物が敷地一杯に建てられ、ゆとりのない建物であろうことが観取されねばならない。更に他人の家屋内の眺望に関しても相隣関係上の主張として云い得べきである。

十、仮に右の各主張が認められないとしても前述のように被申請人らは申請人らとの昭和四七年一月二九日付の協定に違反した即ち前述のように双方間に於て合意があるまでは工事を中止するとの協定が成立し、右は本件争いの解決までの双方法上有効に成立したる合意であつたのである。

従つて現在何ら補償額設計内容についての合意了解を見ずして三月一日より被申請人らは工事に着手しているのであるから右は明らかに申請人等との間の前記合意に違反していると考えなければならない。

十一、右強行工事の理由の一つには前記のように近い将来建築基準法上の地域分類が変更され猶予していては被申請人らは本件予定建物が建築できなくなり、又、四月一五日には被申請人新興建物株式会社が入居者を募集する予定を計算しているからだつたのである。

従つて右所有権乃至占有を伴う賃借権又は人格権への侵害に対しその加害の故意性が指摘されねばならないことは前述のとおりである。

その故現在被申請人真柄建設株式会社は杭打工事を実施しだしたのであるが、このまま放置してはもはや回復すべからざる損害を蒙り工事が進渉すればする程双方の利益衡量に於いて申請人らの本件仮処分申請内容を容易ならしめることが困難になるので本申請に及んだものである。             以上

疎明方法目録〈略〉

請求の趣旨追加申立

第二次的申請の趣旨

一、被申請人らは、別紙物件目録記載土地上に建築中の鉄筋コンクリート造七階建分譲共同住宅建物の内参階以上の建築工事を本案判決の確定に至る迄中止し、之を続行してはならない。

一、執行官は前項の命令の趣旨を公示するために適当な方法をとらねばならない。

旨の仮処分命令を求める。

答弁書(真柄建設株式会社)

申請人 八浜昇

外九名

被申請人 新興建物株式会社

同    真柄建設株式会社

右当事者間の御庁昭和四七年(ヨ)第七六四号仮処分申請事件について、被申請人真柄建設株式会社は左の通り答弁する。

昭和四七年四月二〇日

被申請人真柄建設株式会社代理人

弁護士 阿部甚吉

同 滝井繁男

同 木ノ宮圭造

同 阿部泰章

同 仲田隆明

大阪地方裁判所

第一民事部 御中

申請の趣旨に対する答弁

申請人らの各申請を却下する。

訴訟費用は申請人らの負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由に対する答弁

一、申請の理由第一項記載事実は認める。

二、申請の理由第二項記載事実は認める。

三、申請の理由第三項記載事実中「メゾン桜塚」は「メゾン曾根」と名称を変更したものであり、同一建物であることは認める。また、本件建物の建設予定地周囲の一般的事情は次のとおりである。

本件建物の建設予定地(以下本件土地と略称する)は住居専用地域であるが、既にマンションが数多く建築されており、且つこれに西接する土地は住居地域となり、しかも本件土地の約一五〇米西には商業地域へと繋つている。即ち本件土地は阪急曾根駅の東北約六五〇米の位置にあり、本件土地を中心として半径一〇〇米以内の地域には鉄筋四階一部五階建(更に二階分に相当する広告塔を有する)ホテル服部御苑があり、更に鉄筋コンクリート造三階建マンションが三戸ある。また、鉄筋コンクリート三階一部四階建の三菱重工業社員寮や同じく鉄筋コンクリート三階建のあけぼの幼稚園等がある。そしてこれに接して鉄筋コンクリート五階建の日立造船豊中寮がある。

また、本件土地を中心として、半径二〇〇米以内にも鉄筋コンクリート造三階建のマンションが二戸、製品検品所が一戸ある。そして本件土地を中心とする半径約三〇〇米の地域には鉄筋コンクリート造五階の住友化学工業社宅、同じく五階建のマンションがあり、四階建のマンション、事務所、警察、病院等がみられるのである。

本件土地の至近の地にも商店があり、決して「低層の瓦葺住家が連棟する閑静な地区」ということはできないのである。むしろ前記のとおり大阪の中心地梅田から阪急(各駅停車)で約一三分の曾根駅から徒歩約八分の至便の位置にあり、職住至近の地として開発がすすんでいるところである。

四、第四項記載の主張事実については次のとおり反論する。

(一) 申請人堀内誠次の建物位置関係の主張は認める。本件建物は南側に窓をとつている。然しながら、本件建物は敷地一杯に建てられており、しかもその南側に約一、七米のカイズカが七、八〇糎の幅で生え茂つており、日照、採光を充分に考慮した建物とは考えられない。また、本件土地に本件予定建物が建築されることに伴い、日影の影響をうけるのは冬至においても午前一一時頃までである。一一時すぎから徐々に日照を受けることができ、一二時までには完全に日影の影響をうけない様になるのである。

また、現在同人の建物の南側は空地になつており、完全な日照を受けているが、同人の建物はほぼ敷地一杯にたつており且つ南側窓は南側空地との境界線から至近の位置にあるためこの空地に普通建物が建つてもその影響を受けるのである。従つて本件建物による固有の日照妨害時間は更に減少することになるのである。

(二) 申請人八浜昇の建物の位置関係の主張は認める。

本件建物により、冬至においては午前一〇時ごろより午後一時ごろまで日影の影響を受けるとおもわれる。然し、午前一〇時までは東南側からの日照は妨げられておらず、また午後一時すぎごろには南西方向より日照が入り、徐々に日影から脱し、二時半頃には日影の影響は全く受けなくなるのである。

然しながら、より重要なことは本件建物がもともと日照を考慮して建築さそれたものでないことである。南側の西よりに若干の開口部があるが、これも日照を考慮したものではなく、むしろ全体の構造としては日照を遮る構造をとつていると考えられるのである。しかも、同申請人の本件居住建物の南側には大きな物置がたてられているのである。これら建物の配置、構造は申請人の権利の存否の判断において極めて重要なことである。

(三) 申請人小倉忠秀に関する主張事実中、建物所有権についての主張は認めるが、その余の主張事実は不知。

尚、本件建物と被申請人所有土地との境界までの距離は、当初の計画において、ある個所では四〇糎になるところがでてきたので、その後変更し、現在の施工図では五〇糎をあけることとなつており、この点については既に本年二月一四日に開催された説明会の席上でも明らかにして申請人らの了解を受けているところである。

同人の住居は本件建物の東側に位置しており、午前一〇時ごろ迄は全く影響を受けず、午前一一時頃西側が日影下に入るが、一二時半頃まで南側の各部屋は充分に日照を確保することができるのである。

(四) 申請人松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二の居住個所についての主張は認めるが、居住時期は争う。

松永の入居時期は昭和四四年一二月であり、就中、平戸の入居時期は昭和四七年二月六日であり、本件建物についての第一回説明会(昭和四七年一月二九日)以降に入居居してきたものである。

冬至において、申請人松永居住家屋は午前一〇時すぎ頃からまた圓山居住家屋は一一時すぎごろから、申請人平戸については午後一二時すぎごろから完全に日影下に入るとおもわれる。ところが、本件各建物は南側に玄関があり、炊事場と風呂がこれに並んでおり、居住部分を北側に配する建築構造をとつており、もともと日照を配慮した建物でないことが留意されねばならない。

(五) 申請人乗鞍圭一に関する主張事実は認める。

然しながら、本件建物は予定建物の東側に位置し、午前中は全く日照に影響なく、一時ごろから徐々に東側より影響を受けはじめるが、これが完全に日影下に入るのは冬至においても午後三時以降のことである。

(六) 申請人下道一実及中島次男に関する主張事実中、家屋の位置関係は認める。然しながら、その位置から明らかな様に日照妨害の事実は皆無である。

(七) 申請人武田乙一に関する主張事実中、土地所有の事実は認める。建物所有の事実は否認する。右土地は空地である。本件建物の建築により地価の低落を招来するとの主張は否認する。また境界線からの間隔も五〇糎以上を確保している。

五、申請の理由第五項記載の事実中、建築規模についての主張は認めるが、本件土地の建べい率は七〇%であり、尚数%の余裕をもつて計画されているのである。

六、申請の理由第六項記載の主張事実中、本年一月二九日、二月一四日、同月二〇日申請人らと話合いの機会をもつたこと(但し申請人平戸は未だ居住しておらず出席していない)、申請人らより本年三月三日付内容証明郵便が発送されたことは認めるがその余の主張事実は否認する。

特に、本件建物について双方了解合意が成立するするまで建築に着手しないとの合意が成立したとの主張は強く否認する。

この点については、昭和四七年一月二九日の第一回説明会の終了後、申請人八浜より被申請人新興建物株式会社社長新開治雄に対し、話合いがついてから着工されたい旨の要望があつたので、同社長は「できれば話合いの上工事にかかりたい」と述べたにすぎないのである。従つて、第一回説明会の議題にはなつておらず、当然のことながら議事録にも記載されていなかつたのであるが、後日申請人らが恣にこの点に関する合意があつたかの如く記入したものである。被申請人らが話しあいによる円満な解決を強く求めたが、円満な話しあいが成立するまでは絶対に着工しないなどという確約ができる筈がなく、また現実にする筈がないということは常識に属することである。

また、本件土地付近に本年九月一日新たな地域指定があり建築できなくなることを被申請人らが承知していた旨主張しているが、これまた全く根拠のないことであり、もとよりその様な決定もなく、またその様なことを豊中市関係者が発言する筈もない。被申請人らが了知していたという主張も事実に反する。申請人らは、申請人らが円満な話合いを求めたに拘らず被申請人らが一方的に話あいを打切り、工事着工したかの様な主張をしている点も事実に反する。

右記の如き三回の会合の後、本年二月二五日にも四回目の会合をもち、被申請人側でも柔軟な態度で臨み、申請人側でも被申請人側の誠意を認め検討を約し、翌日返答をする旨答えていたのである。

そして、申請人側でも収拾策について検討がなされていたが、申請人の間で意見がわかれ結論がでず回答の猶予を求められたが、被申請人としてもいつまでも工事を延期することはできないので、おそくとも三月一日には着工したい旨申入れていたのである。

ところが、その後も回答はないので、本年二月二九日被申請人会社社員らが申請人ら各戸を訪ね、明三月一日より着工したいが尚話しあいはつづけていきたい旨依頼したのであり、交渉打ち切り通告などしたことはないのである。

現実に着工後である三月一六日にも約三時間にわたり申請人らの代表者と話しあいをもち、その後も話しあいをつづける旨約束をしているのである。

然るに、突如として本件仮処分の申請がなされたのであつて、話しあいの途を閉ざしたのはむしろ申請人らというべきであろう。

七、申請の理由第七項主張事実は争う。

(一) 申請人らは本申請において縷々本件土地上の予定建物による影響を述べているが、本件工事の禁止を求める根拠として主張するところは、日照、採光、通風に限られよう。

日照、採光については、申請人の中でも影響を受けるものと全く受けないものとがあり、その影響を受けるものについてもその程度は一様ではない。各申請人の受ける日照妨害の程度についての被申請人の主張は第四項に記載したとおりである。通風について各申請人が受ける具体的影響は申請の理由の中でも明らかにされていない。

要するに、被申請人らが本件土地上に本件予定建物を建築することにより、本件建物の建築が違法視されこれを断念しなければならないほどの第三者の権利(乃至は生活利益)を侵害するものとは到底いいえず、工事の中止を求める申請人らの主張は失当である。

(二) 申請人らはまた本件土地が昭和四七年九月より第一種住居専用地域として指定されることとなつており、被申請人らはそれを知り乍ら今秋竣工を目指して工事を急いでいると主張する。この主張の法的意義は明らかではないが、本件土地が本年九月より第一種住居専用地域となるという主張は全く根拠なきものであり、その様な噂さえ存在しない。然るに、恰も豊中市に建築行政上の怠慢があり、被申請人らがこれに乗じて「法をくぐる行為」をしたなどという主張はためにする誹謗というほかなく、軽々にかかる主張がなされることは極めて遺憾である。

八、申請の理由第八項記載の主張事実中、人格権侵害の事実は争う。

九、申請の理由第九項記載の主張事実中、本件予定建物と境界線との間に四〇糎しかないとの主張は争う。

この点についても既にのべたとおり最も狭いところで五〇糎の間隔を確保している。

一〇、申請の理由第一〇項記載の協定は存在しない。この点については既に第六項に記載したとおりである。

被申請人らは誠意をもつて交渉に当つたが合意をみるに至らずやむなく本年三月一〇日着工したのである。

一一、申請の理由第一一項記載の主張は争う。

疏明書類〈略〉

答弁書(新興建物株式会社)

申請人 八浜昇

外九名

被申請人 新興建物株式会社

外一名

右当事者間の昭和四七年(ヨ)第七六四号仮処分申請事件につき被申請人新興建物株式会社は左のとおり答弁する。

請求の趣旨に対する答弁

申請人らの申請を却下する

申請費用は申請人らの負担とする

との裁判を求める。

申請の理由に対する答弁

一、申請の理由第一、二項はこれを認める。

二、申請の理由第三項もこれを認める。

尚「メゾン桜塚」を「メゾン曾根」と名称変更したもので昭和四十七年三月二十五日豊中市役所に名称変更届出をなし同日受理された。

三、申請の理由第四項の申請人らの本件予定建物の近隣に於ける居住の状況中

(1) 申請人堀内誠次に関する部分の昭和二八年頃より平穏に居住してきたとの点と居住建物の内部構造については不知、その余は認める。

(2) 申請人八浜昇に関する部分の昭和二八年頃より居住しておるとの点は不知、その余はこれを認める。

(3) 申請人小倉忠秀については同人は戦前から居住しておるとの主張であるが住民票(疎乙第十二号証)によると昭和四十三年十二月十日豊中市長興寺北一丁目より転居した旨の記載があるのでこの点については一応争う。

申請人が同松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二に住居を賃貸しておるあることは認めるがその余の点は不知。

尚本件予定建物が建築されるならば外壁と右申請人敷地境界とは四〇センチメートルの間隔になると主張しておるがこの点については昭和四十七年二月十四日開催の第二四会合の席上において、この間隔を五〇センチメートルに設計変更する旨を被申請人より申入、申請人らもこれを了承ずみである。(疎乙第三十証)

(4) 申請人松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二の三名が申請人小倉の所有する平家建木造家屋に居住しておること、申請人松永の居住家屋が本件予定建物に一番近く松永の隣りに申請人圓山がその隣りに同平戸が居住しておる点はこれを認めるが申請人松永が十年位居住しておるとの主張は住民票(疎乙第十三方証)の記載によると昭和四十四年十二月二日吹田市より転入したとあるので一応これを争い、申請人平戸についても十年位居住しておる旨の主張であるがこれについても住民票(疎乙方十四号証)の記載によると昭和四十七年二月六日豊中市南桜塚三丁目八番十号より転居した旨があるのでこの点も一応これを争う。

申請人圓山の居住年数並に家族関係についてはこれを認める。

(5) 申請人乗鞍圭一についてはこれを認める。

(6) 申請人下道一実及び同中島次男の両名についてもこれを認める。

(7) 申請人武田乙一が本件予定建物敷地の北側に宅地を所有しておるとの点のみこれを認め、その余のことはこれを争う。

四、申請の理由第五項中本件予定建物が建築されると本件予定建物の周囲環境からみて一九メートル以上も高さを有するから異常に高く屹立した形になることが予想されあたかも砂漠の中の塔のような景観を呈することになると考えられるとの点を争いその余はこれを認める。

五、申請の理由第六乃至第一〇項についてはいずれもこれを争い、この点については後に詳述する。

被申請人新興建物株式会社の主張

一、被申請人新興建物株式会社(以下被申請人新興という)の本件予定建物の建築目的は左のとおりである。

1、資力乏しい者にも一世帯一住宅を

本件予定建物は分譲マンションとして建築されるものである。分譲マンションは言うまでもなく、土地の高度利用による多数の住宅の供給を目的とするものであり、国の一世帯一住宅の住宅政策と同一方向を目指すものである。持家を取得したいとするのが庶民の願いであるが、一般的に地価の高騰により自力では土地を購入してその上に住宅を新築するには資力の乏しい人々が次善の策としてマンションの分譲を受けるのである。このようにマンション購入者は一戸建の住宅を所有し居住する資力の乏しい者が多く本件予定建物も正にこのような人々に住宅を供給し、一世帯一住宅という小市民の夢であり願いの実現を目的とするものである。

2、本件予定建物の立地条件について

前述した分譲マンションについても立地条件が大きな要素となることは多言を要しないところである。

本件予定建物は阪急梅田駅より約十三分の阪急曾根駅より徒歩約八分(約六五〇メートル)の交通至便な位地にあり職住接近の好適地にあるためこの場所に共同住宅を建てて分譲することは企業としての利益の追求よりも寧ろ社会的効用の極めて大きいことに着目して本件予定建物の建築計画に踏切つたものである。

又本件建物の敷地の東南側は幅員十一メートル(都市計画で近い将来十六メートルに拡張せられることになつている)のバス路線である府道に面しており、しかも角地のため建築基準法の一部改正に際ても現行法上既にある道路幅員、角地、バス路線等に認められている各種の緩和規定の適用を受けることも明らかな立地条件に該当するものである。人口稠密な大阪府下の都市において、土地の狭隘を補い、都市発展を期し、一世帯一住宅の夢を実現さすために最も立地条件に恵まれた土地の上に本件予定建物のような分譲マンションは寧ろ必要不可欠のものと言うべきである。

二、申請人らの本件仮処分を求める必要性は極めて稀薄である。

被申請人新興は申請人らが本件仮処分を求める必要性ありとする主張に対して左のとおり反論する。

(1) 申請の理由第五項及び第七項(二)の主張を綜合すると本件予定建物の建蔽率が六五%強であつて恰も建蔽率に違反する不法建築物であるかのように主張しておるが大阪府建築基準法施行細則第四条により本件予定建物の建築予定地の建蔽率は七〇%である。

従つて数%の建蔽率の余裕を残しており、適法な建築物として豊中市より許可されたものである。申請人は申請の理由第七項(二)で

「然も本件予定建物建築地は現在住居専用地区であり尚昭和四七年秋(九月)よりは第一種住居専用地域として環境良好な一戸建を主とした低層住宅地として建ぺい率が四〇乃至六〇%(現在でも住宅地域の六%の原則を本件予定建物ははずれている)におさえられることを被申請人は知悉しながら敢て今秋近の竣工を目指していると非難しておるが本件予定建物建築地が昭和四七年九月から第一種住居専用地域に指定されると云つた重要な事柄については被申請人新興にとつても見逃す事の出来ない関心事であるので四月七日社員河村を豊中市建築指導課中井課長補佐に面接させ豊中市がこのような決定をしておるかどうか。

更にこのようなことを外部に発表又は通報しておるかどうかを確かめたところ市当局としてこのような発表又は通報するようなことは絶対にありえないという回答を得ておる、豊中市が発表しておらない重大な事柄を前述した如く恰も公知の事実であるかのような主張をしておるのみならず被申請人がこの事実を知悉し乍ら敢て今秋近の竣工を目指し、更に法施行手続について豊中市が遅延していることに乗じたる所謂法をくぐる行為であるとの主張は被申請人新興を中傷するものも甚だしい暴言である。

被申請人新興は法施行手続について豊中市が遅延していることに乗じ将来建築不能になることを見越した俗にいう掛込みに本件予定建物の建築に着工したものではなく左記のとおり綿密な事業計画に基づき立案の上で着工に及んだものである。

昭和四十六年九月 本件建築に関する仮設計と事業計画の決定

同年十月 本件敷地購入と本設計の依頼

同年十一月 本件予定建物の本設計完成と販売売計画の樹立

同年十二月 本件建築確認申請手続と同認可

昭和四十七年一月 本件予定建物の建築業者の入札とその決定

同年二月 本件建築工事着手

同年四月 本件建築物内にモデルルーム完成各種宣伝及び広告の実施分譲開始

同年九月 本件予定建物の完成

同年十月 購入者入居

右のとおり昭和四十七年九月の時点において完成までの一切の事業計画が決定せられていたものであつて申請人らの主張するが如き建築不能等の事態を見越しての掛込み着工でないことを重ねて主張するものである。

(2) 本件予定建物敷地を中心とした周囲の環境

申請人らは申請の理由第三項で

「右建設予定地を中心として五〇メートルの範囲には目立つた鉄筋コンクリート建物としては、一番高い建物は日立造船株式会社の寮及び新三菱重工株式会社の社宅があるのみで右建物は何れも大企業の社宅として周囲には充分敷地をとつており、周囲の民家とは何ら支障のないものである」

と主張しておるが本件予定建物の建設予定地を中心としてその周囲一〇〇メートル以内の場所に視野を拡げると鉄筋コンクリート造四階建一部五階建の上に更に二階建分の大型広告塔を有するホテル服部御苑、鉄筋コンクリート造三階建マンショングリーンシャド、鉄筋コンクリート三階建マンション曾根エースパンション、鉄筋コンクリート造三階建一部四階建新三菱重工業社員寮、鉄筋コンクリート三階建あけぼの幼稚園等がある。

又その周囲二〇〇米以内の場所には鉄筋コンクリート造五階建日立造船豊中寮、鉄筋コンクリート三階建長興寺コーポ、鉄筋コンクリート造三階建マンションレジデンス桜塚、鉄筋コンクリート造三階建朝日毛糸豊中検品所等がある。

更にその周囲三〇〇米位の場所には鉄筋コンクリート造五階建住友化学工業社宅、鉄筋コンクリート造三階建の上に更に二階建方の大型広告塔を有する北部阪口電化営業所、鉄筋コンクリート造四階建小西外科病院、鉄筋コンクリート五階建マンション桜塚ハイツ、鉄筋コンクリート造四階建豊中警察署、鉄筋コンクリート造四階造マンション三隆コーポラス等がある。

この他近隣には機械工具を使用する石材店、喫茶店、市場、商店街がある。

(3) 申請人らの本件仮処分を申請する必要性は第七項(一)に記載せられておる。これによると

「被申請人新興建物株式会社の本件予定建物が仮に社会的効用があるとしても他人の所有権に対する完全な侵害を基礎にしては成り立ち得ない、その所有権の侵害とは隣地に居住する申請人らの日照、通風、採光の侵害である」という。更に言及して、「然も通風、採光、日照等は本件予定建物が建築された場合は恒久的なものであり建築期間中の杭打工事等の振動、工事用資材等の落下等の一過性のものではなく金銭的な補償になじまない性質のものである」とまで極言する。

被申請人新興において本件予定建物を竣工完成したとしても申請人らの主張するが如き申請人らの所有権に対する完全なる侵害とはならない点については後に詳述するが仮リに百歩を譲り本件予定建物が建築されることに因つて申請人らの主張する所有権を侵害するからと称して本件予定建物建設予定地に対し本件仮処分申請に当り請求の趣旨に記載するが如き「被申請人らの占有を解いて大阪地方裁判所執行官にその保管を命じ加之本件土地上に一切の建築工事を続行してはならない」

とするが如き権限が存在するのであらうか、本件予定建物の建設予定地は被申請人新興において何等の瑕疵のない所有権を有しておるとのである。隣地に居住するというだけで日照、通風、採光の点について支障を生ずるとする理由を以て被申請人新興の所有権を完全に制限、侵害するが如き不当な本件仮処分の申請は失当であるかぎり却下せられたい。

(4) 本件予定建物が建築完成した場合の日照権の問題について

所謂日照は健康で快適な住居の基本的条件であるからできる限り保護されねばならないことはいうまでもないことであるが、他人の所有する土地の上を通つてくる日照についてどこまで利益の保護を主張できるかが問題点となる。

詳述するまでもなく現行法上では土地の所有権は地上地下に及ぶとされておる。

たまたま隣りの土地の所有者がその土地について未利用であるか、仮りに建物が存在しても、それが比較的低層の家屋である場合は日照の利益を享受できる。

ところが隣地の所有者が土地の高度利用に着目して高層建物の建設を計画した場合、これが竣工完成することに因つて隣地の居住者は従来享受しておつた日照が侵害される結果になることは極めて自然の現象である。

この場合の隣地の居住者に対する日照保護はかなり狭い範囲に限定されることは己むを得ないと解するのが妥当ではないか、申請人らは申請の理由第七項(三)で日照・採光妨害を各申請人別について見ると、一番日光が要求される冬期(その最中期は冬至)では

申請人堀内の家では南の主要居室の窓側は午前中日光がまつたく入らず

申請人八浜では十二時より以降は日光が入らない。

申請人小倉、同乗鞍では同様午後は全く日光が入らない、

申請人松永、同圓山、同平戸に至つては冬期は一日中日光が入らない

と主張する。

ところが申請入らのいう所謂日照は総て直射日光を要求しておるかのようであるが現行法上住宅などに必要とされているのは採光であつて直射日光ではない。採光とは天空光による明るさを意味した太陽による直射日光たる日照とは異なるものである。

住宅に日照を受けることは望ましいことであるところからこの点で申請人らがこれを法律上保護された権利であると主張することについては勿論異論はないが然らば具体的に一日に何時間の日照を受ける権利があるのかその点についての具体的な主張は全くない。

仮りに申請人らが主張するが如く本件敷地が第一種住居専用地域に指定せられ被申請人新興が高さ一〇米のマンションを建築した場合でも申請人八浜昇、同松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二らの日照権を問題を主張する住居については本件予定建物が建設されたとしてもこれを比較すると及ぼす影響については大差がない。以下日照権問題に関係ありと主張する申請人各別につき反論する。

(イ) 申請人堀内の関係

同人の住居は本件建築敷地の北西に位置し、本件建築敷地より申請人武内の空地(二六七、七六平方米)横幅約一〇米を越したところにある。

住居は西向に建てられており縁側及び庭は同家の西南にあり、折角の南部には小窓しかない、午前中の日照については本件予定建物は関係なく本件予定建物が完成後においても冬至においてすら、午前十時頃から同十二時頃までの二時間程度の影響であつて、受忍限度を検討する程の問題でもない。

(ロ) 申請人八浜の関係

同人の住居は本件建築敷地の北東隅と同人敷地南西隅角が一点で接しており、現在でも東側は新三菱重工寮及び南側の申請人小倉の所有する貸家三戸のため午前中の日照は既に影響を受けている。

同人の敷地面積は一五三、四八平方米(約四六、五坪)であり、進入道面積を差引いた残地に現在の建築基準法では許可せられない程度の建ぺい率の住居が建つておりそのために日照採り入れのための建物を北、西側に片寄せる等の措置が講ぜられておらない。

本件予定建築物完成後冬至において午前十時頃より午後三時頃まで日照の影響を受けることになるがこれとて受忍限度を越えておるとは考えられない。

(ハ) 申請人小倉の関係

同人の住居は本件建築敷地の東側に隣接し、家屋は幅員十一米の府道(将来一六米と拡幅せられることになつておる)に面し東南向に建てちれている。又庭、縁側も東南側にあり、本件建築物完成後と雖も殆んど問題とならない。

(ニ) 申請人松永子規、同圓山道栄、同平戸謙二らの関係

前述したとおり申請人小倉の貸家であり本件敷地の東側に接地する申請人小倉の建物の真裏に東南向きに建築されている。

同人らの居住する借家と申請人小倉の家屋とは僅かに二米程の露路となつており、加えて東南には申請人乗鞍の建物、北側は申請人八浜所有地との境界線に高さ約二米の塀に取り囲まれておる現状で建築当初から自ら申請人らの主張する採光、通風、日照等についての配慮はなされておらない、寧ろそれ等の点が無視された建物である。

申請人松永、同圓山、同平戸に至つては冬期は一日中日光が入らないと主張しておるが前述したような建物の立地条件、構造からして現在においても既に直射日光が妨げられておる。従つて本件予定建物が完成したとしても受ける影響は極めて軽微である。

(ホ) 申請人乗鞍の関係

同人の住居は前記申請人小倉の住居の更に東側と位置しており、小倉の住居と同様庭縁側が東南側にあつて本件予定建物が完成後と雖も殆んど問題とならない。

(5) 通風の問題について

申請人らは申請の理由第七項(四)で通風の問題につき「このような低層の建物の中で異常に高い本件予定建物が建つことは台風時に異常な風の吹きだまりや逆風現象を起こすことは流体工学上著明な事実であつて、瓦、塀、その他建物の各部に予想外の被害を起こすことが歴然である」と主張しておる。

ところがこの点についても通常平時における通風の悪化については特に考慮すべき程のものはなく申請人らは台風時のことを考慮しておるが本件予定建物が完成したからといつて異常な風の吹きだまりや逆風現象を起すとも考えられない。

(6) プライバシーの侵害について

申請人らは申請の理由第八項(ニ)で所謂プライバシーの侵害問題について本件予定建物の四囲の壁にはマンション住宅の窓があるから建築されるとすれば申請人らの家屋内が見下されることになり、自家の生活を盗み見されることになり、このことも人格権に対する侵害であると主張する。

窓のあるところすべて囲いを設置するが如き設計を施行する高層建物を建築することは容易なことではない。

建物が二階、三階と高くなるに従つて近距離の家の中は見えず、見えるのは屋根、庭のみであつて申請人らの主張するような家屋が見下されるような心配は先づない。

申請人らの憂慮するような事態の発生しないように設計上の配慮はしておるが申請人らにも或程度の受忍義務があるのでこの点からしても本件仮処分を認容するに足る必要性はない。

三、申請人らは予備的主張として「被申請人らが本件予定建物の工事に着手したのは昭和四七年一月二九日付の協定に違反しておる」ことを理由に本件仮処分の申請に及んだと主張しておるがこの点に関する申請人らの主張は事実に反し失当である。

申請の理由第六項で申請人らと被申請人新興との交渉経過に関する申請人らの主張は重要な点で事実に反しておるので交渉の経過の真相を次のとおり詳述する。

(1) 昭和四十七年一月二十九日豊中市民会館で第一回説明会を開催する。右説明会の議事録は疎乙第十一号証記載のとおりである。

右議事録に記載せられておるとおり申請人らの要求を総て被申請人らが諒承して履行することを約諾した。

引続き第二回目の会合を持つことを約して司会者閉会を宣したので出席者一同席を立つた直後に申請人八浜が被申請人新興の新開代表取締役に対し

「話合いがつかなければ工事に着手しないでしようね」との発言があつた。

そこで新開はこの発言に対し

「できることならお話合いの上工事にかかりたいと思つております」と返答した。

申請の理由第六項には昭和四七年一月二九日の説明会の席で

「被申請人らと申請人らとの間で住民側(申請人ら)と充分話合い工事期間中の補償、境界線と本件予定建物との間隔(四〇センチメートルしかないことは前述した)予定の建物の高さなど双方了解合意が成立するまでは被申請人らは建築に着手しない旨の合意が成立し、その旨の議題を議事録とすることを確認した」と主張しておるがこれは事実に反する。

被申請人新興の新聞代表取締役の前述の発言は「何時までも話合いを延引させて着工の妨害をされたり、不当な要求があつてその要求が到底被申請人らにおいて受入れられない場合等においてもなおかつ半永久的に着工しない」との趣旨で返答したものでないことは極めて常識的に判断されるところである。

(2) 同年二月四日午後七時より第二回の会合が予定せられておつたが申請人らの都合により二月十四日まで延期してくれとの申入があつたが十日間も会合を延引させられることも被申請人らにとつて影響が大きいが己むを得ずこれを了承して二月十四日豊中市役所会議室において豊中市建築部笹部指導課長同席の下に開催された。

その会合の冒頭において申請人らより前述した第一回会合の議事録の末尾に閉会後の取りきめとして「両者側の話合いが済むまでは着工しない」旨を第八号として追記せよとの要求があつたが被申請人側としてはそのような約束をした覚えがないので強くこれを拒否したが申請人らはこの事項を執拗に要求して当日の議事に入らず申請人らは一方的に議事録に追記する旨の発言をした。被申請人らにおいてこの点について重ねて拒否する旨の強い発言をすれば当日の議事に入る気配がないので敢て積極的に反対の意思表示を控えた結果申請人らにおいて一方的に追記したものであつて申請人らの主張するような合意が成立したものではない。

右のような冒頭における紛糾に時間を浪費したため当日の議題としてのプライバシーの件、環境権、日照権の問題等についての討論がなされたものの四〇センチメートルを五〇センチメートルの間隔に設計変更を被申請人らが申入たのに対し被申請人側において諒承した以外に議決するような案件はなかつた。

(3) 同年二月二十日本件建築予定地附近の喫茶店二階会議室において第三回の話合いを行つた際被申請人側は申請人らの要請に基づいて実施可能な設計変更につき設計者と種々検討した結果本件北棟建物を西方へ移動させることを決意してこの点につき豊中市役所と折衝したが

「事情はよくわかるが現行法規上その設計変更は認められない」との回答があつた旨を申請人らに報告すると共に、

「これ以上着工が遅延すると工程上モデル・ルームを本件建築物内に設置することが不可能となる、さうなると別の場所に別棟のモデル・ルームを建築することが必要になり、そのために要する費用は約一五〇万円である。

従つて明二月二十一日から着工が可能であれば右のモデル・ルームをなんとか工事契約期限内に本件建築物内に造ることが可能なので再使用可能の器具、材料代等を前記一五〇万円より差引いた実損額約一〇〇万円を話合いによる金銭補償額に上積みして支払う」旨を回答したがその席に出席しておつた申請人らは「設計変更の誠意を表示してくれない限りこれ以上申請人らにおいて内部の意見をとりまとめることは困難である」旨の発言があり被申請人側に再考を求められて閉会となつた。

(4) 更に二月二十五日前記喫茶店二階会議室において第四回の会合を行つた。その席では本件建築物の階数削減の話合いが中心であつた。

被申請人側は「大幅な戸数削減は事業計画上不可能である」旨を縷々説明したところ、申請人堀内は「四、五階建では採算が合わないだろうな」と発言、申請人八浜よりは「例え四、・五階に削減して貰つても自分の方の日照はあまり変らないだろうな」と両人共大幅な戸数削除、削減は事実上困難であることを認識しておるような発言もあつた。

被申請人新興としても戸数の削減をしない限り申請人らの内部の意見を統一することの至難なことは申請人らの中の出席者の発言内容からして十分に推測できたが戸数を削減して設計変更をすることが至難であつたので金銭補償について誠意をつくして話合う旨を回答したところ出席申請人らは早急に協議の上今明日中には回答する旨の発言があつたので当日の会合はその程度で閉会となつた。

(5) 翌二月二十六日午前中に申請人らから何等の回答がなかつたので被申請人真柄建設岩本課長が申請人堀内に電話をして回答を督促したところ同人の曰くには申請人側に賛否両論に分れて結論が出ないので今暫く待つて欲しい旨の返事があつた。

その際岩本課長は再三に渉る会合や回答の延引は被申請人側の工程上甚大な損害を蒙る結果になるので被申請人側としては遅く共三月一日には着工せざるを得ない事態に立ち至つておるのでその点は了承して欲しい旨を申入れた。

(6) その後交渉は進展せず本件建築工程上のタイムリミットである三月一日を翌日に控えた二月二十九日被申請人新興の社員村田と被申請人真柄建設株式会社の現場主任奥居が同道して留守中の申請人小倉、同堀内、同武田を除く七名の申請人の住居の他新三菱重工業寮及び近鉄百貨店豊中集配所を訪問し「最終的な話合いはすんでいないが、工事の日程上これ以上遅延することができないので己むなく明三月一日より着工させてもらうが、今後も引続き話合いを継続させて貰うので、この点了承をして欲しい」旨を念達したのであつて断じて最終的な交渉打切りを通告の上着工したものではない。

疎明方法〈略〉

昭和四十七年四月十九日

被申請人 新興建物株式会社

代理人弁護士 大井享

同 山川高史

大阪地方裁判所

第一民事部 御中

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